【若い時はいつも選択を間違えることが正解】その本当の意味とは??

若い時ほど、選択した後に『こんなはずじゃなかった』『あの時こうしておけばよかった』という悩みがたくさんがある気がします。

しかし、それからもっと年月を経過させ振り返ってみると、実はその判断こそが正解だったと思うことも多いです。だから選択は間違えても全く問題ありません。

なぜなら、後で必ずその意思決定をしたことに感謝する時がやってくるからです。

ということで、今回は私の経験をふまえ「選択を間違えること」をテーマに考察していこうと思います。



長い人生では「いつも選択を間違えるのは当たり前」という前提を持つことが大事

私は26歳で起業した時に、とある経営者の方(以下Aさん)から経営指導を受けることを決めました。

そのとき、Aさんがこんなことを言っていたのを思い出します。『この決断を正解にしていきましょうね』と。

私はその言葉を信じ、直感だけを頼りにビジネスの世界に入っていきました。また、その時は自分の選択眼は正しいと思っていました。

そして今。Aさんのあの時の言葉は明らかにおかしいと感じています。

私が人生で最も迷いがあった26歳の時、Aさんは公私ともに充実している印象がありました。

◯持っている自家用車は白のベンツ
◯ターミナル駅から徒歩すぐの高層マンションで暮らしている
◯時間も場所も自由な環境で生き生きと仕事を頑張っている

それを見た私はこんな悠々自適な生き方がしたい!と一気に願望に火がつきました。

Aさんとは友人の紹介で知り合うことになりましたが、元々親しい間柄でもありませんでした。

だから、もっと仲良くなれたほうが自分にとっても良いと思い、一緒に飲んだりすることも多くなっていきました。

そんなことがきっかけで、私がAさんに対する感情は変化していきました。

他の友人たちも一緒にいる場で、Aさんは人の嫌がることをする癖がありました。

あるとき、私はそんなAさんを見てにこんな風に思えてしまったんです。

『この人は相手を嫌な気持ちにさせる人だ。たとえリーダーでもやってよいこととそうでないことがある。』と。

こんな否定的な感情を抱いてしまう私が未熟だったことももちろんあります。まだ20代の頃の話ですから(笑)

ただどんな気持ちになったとしても【そういう風に感じないようにしろ】といわれても不可能なことですよね?

例え話にはなりますが。

渋谷のスクランブル交差点ですれちがった女子大生があまりに美人で、二度見してしまう。美人だと認識しないようにするのムリです(笑)

はるかに年下風の少年に偉そうな顔をしながら道を聞かれた。イライラしないように対応するなんてことはムリです(笑)



選択の基準はたくさん後悔する中で磨いていけばいい

Aさんとは感情面だけの確執だけならまだ良かったのですけどね。

【Aさんはその後どうなったか】

⚫ビジネスの勢いは急降下
⚫愛車のベンツは売り払う
⚫高層マンションからは引っ越しをしてしまう
⚫今は経営の第一線からは身を引いて派遣形のアルバイトをしながら人生に疲れはてている

つまり私自身、経済学的に成功する為にAさんから学んだ基準や考え方は誤っていた、ということになります。

ビジネスは実力社会です。

お金を稼ぐことにおいては老若男女問わず、経済レベルが自分よりも下の人から学べることは1ミリもないんです。

あの頃の私は、ほんのわずかの間だけ成功していたAさんを見て判断しただけだった、ということなんです。

その後、転落していく運命にあったAさんから私は学び続けていたことになりますから。
※Aさんは悩む素振りなど見せずごまかしていたような印象がありますけどね(笑)

まとめ

今回、お伝えしたいのは【若い頃の自分というのは、いつも間違った選択をしながらでも前に進んでいる】ということなんです。

まだ20代で若かった私には、物質的なものに心を踊らされていた時期がありました。

Aさんが持っていた車や、自由なライフスタイル、という見せかけだけの部分から選ぶということです。

また、Aさんが発した『この決断を正解にしていきましょうね』というフレーズがずっと脳にこびりついていました。

こんなことを言う裏には、一回自分で選択したことには責任を持つべき。というニュアンスもはいっています。

それは間違った教えだったと思います。

なぜなら、進む道や誰から学ぶかという選択を間違えると、永遠に山の頂上まで行くことはできないからです。

また今まで教えてくれた人を捨てること(Aさんと縁を切ること)、という決心は裏切り行為だと思う人もいるかもしれないです。

しかし、私はその選択ができて良かったと思っています。

なぜなら、30代に入った私はこの人こそ生涯学び続けたい、と思える人に出会えたからです。

残念ながら、26歳の私には本物を見抜ける選択眼を持っていなかったんですね。

だからこれからの人生、どんどん選択を間違えてもいいし、その都度軌道修正していけばいいんです。

選択する対象がなければ、自分にとっての正解が見えてきません。

だから、今はその瞬間に最大限信じれる選択をすることが大切だと心の底から感じています。