【自由と責任はワンセット】ノマドライフを実現するために必要なこと

こんにちは、永遠のノマドワーカーてむじんです!

『自由に生きたいのであればそれに伴う責任をとる必要があります。自由と責任はワンセットです』

26歳で起業した私に、コーチはこんなことを言いました。当時は、何のことやら理解できなかったのですが。行動していく中で「なるほど!そういうことか!」という腑に落ちる感覚がありました。

ということで今回は、「自由と責任」をテーマに、私の体験談も踏まえ独自の考察をしていこうと思います。



自由と責任はワンセット

一般的に自由とは、「好きなことを好きなだけできること」というイメージがあるかもしれません。
確かにそうなのですが、好きなことをやれるということはやった先の結果を受け止める必要があるということも意味します。

自分が望む理想はどこにあるのかを追いかける

当時、26歳だった私は営業職として4年目、同い年の人に比べるとそこそこ給料はもらえている方でした。なぜか?それだけ、時間を犠牲にしていたからです。

基本朝の9時から22時迄働きづめ、6日働いたら1日休むという感覚。当時を思い出すと、仕事に始まり仕事で終わる1日の繰り返し。ぶっちゃけ、どの1日を切り取ってもあまり変わらない。

休みの日は、午前中はいつもより遅めに起きる。独り暮らしをしていると、休みの日にしかできないことってあるんですよね、洗濯とか、ちょっとした日用品を買うとか。そうこうしてると、午前中もあっという間に終わる。そうなるともうあと半日しかない、ということで焦り始める。

「何か休みの日にしか出来ないことをしなきゃ」ということで、無理やりドライブに出かけたりしてましたね(笑)結局、そこそこのお金はあっても使う時間がないから、貯金は貯まる傾向にありましたね。

そんな毎日を繰り返す中で、とあることをきっかけにふと気付いたんです。当時は日曜日も出勤する会社にいました。朝出社すると、上司の機嫌がいつにもましてメチャクチャ悪いんです。

『課長、どうされたんですか?』
上司『いや今日は子供の運動会なんだけど、俺たち仕事だろ。子供の運動会を妻が撮ったビデオの中で見るのっておかしいよな』

「確かに」と思いました。家族の為、自分の為に頑張っている人生なのに、肝心の時に子供たちと一緒にいれない上司の姿。有給を使う、という考え方もあるのですが、私が当時勤めていたのはライセンススクールを運営する会社でした。日曜日は、自分たちのお客様が講座に学びに来る一番大事な曜日、これは飲食店が土日に休業するのと同じ感覚です、まあ当時アルバイトさん以外で休む人はいませんでしたね。

話は戻ります。

このような日々の中、人生の岐路にたっていた私にコーチはこんな言葉をかけてくれました。

『自分の未来を想像するのは難しいかもしれないけど、会社員の場合は間違いなく上司が自分の未来の姿。それが理想ならそのまま突き進めばいいし、違うなら方向を変える必要がある。』と。

自分の未来を当時の上司に重ねた時にハッキリした答えが出ました。「絶対にない!あり得ない!」と。



自由に生きることと保証を求めて生きることの違い

「上司のような生き方はしたくない!」、そう思った時から、私が自由なライフスタイルを実現する為の旅が始まりました。まあ正直、20代の若者にとっての現実はそう甘くなく自由になる迄の道のりはかなり険しいものでしたけどね(笑)

当時私が描いた理想は、「自分の好きな時間に好きなだけ好きな仕事をし生きていける人生」でした。

起業した当初は文字通り会社から解放されて「自由」の身になりました。しかし、無謀にも詳細なプランなどは持っていなくて、半分は勢いでした。

自分で事業をする、ということはどれだけ働いたか、という時間は関係ありません。なぜなら、1年365日働いたとしても売上がゼロなら、当然手元に入ってくるお金もゼロだからです。「自由に働いてもいいけど、その結果は自分で取る必要がある、完全自己責任。」これが自由と責任がワンセットの意味であり、ビジネスの世界です。

対して、会社員の生き方は自由な時間は拘束されるかもしれないけど、安定した給料は保証されます。自由な時間を差し出した対価(時間給)として、お金を受けとれる仕組みになっているからです。

だから個人的に思う会社員のメリットは「ある程度自分の時間が犠牲になってもいいから、最低限生きていける保証が欲しい」という人にとっては効果的な選択だといえることだと思います。

つまり、「自由と責任を一緒にとるか」、「自由になれないけど保証をとるか」のどちらかの選択があるということです。

まとめ

今私が心底思えることは、26歳の時、自分の心の声に素直に従ってよかったということです。

当時迷える羊だった私は、YouTube上でロック界のスーパースター矢沢永吉さんのインタビュー動画を毎日のように観ていました。こんな言葉が印象的に残っています。ある若者が矢沢さんにこんなニュアンスの質問します。『若い頃は矢沢さんでも、自分の望むように生きれなかったと思いますがどうやって克服されました?』と。

矢沢さんはこう言いました。『最初は本意ではなかったけど、やるしかなかった。』と。とても優しいまなざしで若者を見つめる矢沢さんの姿が印象的です。

今回のブログで一歩でもご自身の望む人生に近づいていけるきっかけになれば嬉しく思います。

最後までお読み頂きありがとうございました!