【友達付き合いが難しいと感じるのはなぜか?】大人になって思うこと

大人になってから友達付き合いが億劫になったり、難しいと感じるようになりました。これって異常なんでしょうか?

いえいえ、そんなことはないですよ。友達の価値とは自分で見出だすものです。私なんて一年間で友達に会うのは10回以下ですが、毎日超絶ハッピーです(笑)

ということで、今回は映画「スタンドバイミー」を題材に「友達の定義とは何か?」というテーマで考察していきます。

【友達付き合いが難しいと感じるのはなぜか?】大人になって思うこと

突然ですがお尋ねします。「あなたにとって友達とはどんな存在ですか?」
私自身、これまでの人生を振り返ってみると、友達の定義についての考え方もかなり変わってきた気がします。

小学生時代は友達と学校、そして家族が人生の全て

個人的に、歳を重ねるごとに友達が自分の人生に与える影響や日々の生活で関わる比率は減ってきました。

それこそ小学生時代は友達と学校、そして家族が人生の全てでした。

学生時代は、映画「スタンドバイミー」に出てくる主人公たちのような友情に憧れていましたね。

あの映画を初めて見たのは中学1年の夏休みでした。ちょうど自分の年頃も映画に出てくる主人公たちと被る感じ。

彼らは全員12歳の少年4人組。いわゆる「タメ友」ってヤツです。
彼らは基本、毎日一緒。朝も昼も夜も。

一日中ふざけあって笑い転げて。
喜びも悲しみも怒りも寂しさも分けあえるようなそんな友情。

友達とは少年時代にクライマックスを迎えてしまうものなのか

映画「スタンドバイミー」、特に主人公ゴードンと彼の親友クリスとの友情シーンは今も鮮明に焼き付いています。

物語の中でやがて大人になった主人公は、最後このようなメッセージを残し映画はエンディングをむかえます

私が12歳の頃に持っていたような友情をもう二度と築くことはないだろう。」

この映画を初めて見た13歳の私にこのメッセージはあまりに強く突き刺さりました。

友達とは少年時代にクライマックスを迎えてしまうものなのか、と切なくなった覚えがあります。

今思えば、それはそもそも友達の定義が個人レベルで違うということだったわけです。

自分が描いた理想の友達と思える人と時間を共用することが大切

スタンドバイミーで描かれた友情とは、親やその他の人たちにはさらけ出せないような本音をぶつけ合えるものです。

親友の物差しとは、仲の良さで測られたものだったように思います。

今の私にとっての友達の定義は「お互いを補完し合える関係」です。

お互いの強みを相互に作用させていければ、必ず人生にも化学反応を起こせると思っています。

それは私にとっても、友達にとっても、有益な関係です。

だから極論を言えば、相手が自分の事を親友だと思ってなくてもいいし、友達とさえ認識していなくてもいいんです。

自分が描いた理想の友達と思える人と時間を共用できる関係にあれば、その目的は実現できるからです。

友達とは、自分が自由に理想を描いた先に存在するものだと今は感じています

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